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名古屋地方裁判所 平成元年(ワ)248号 判決

原告

平林とも代

被告

石橋聡雄

主文

一  被告は、原告に対し、金七二六万五五二五円及びこれに対する昭和六二年五月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その四を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金三七〇〇万円及びこれに対する昭和六二年五月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が被告に対し、左記一1の交通事故の発生を理由に、自賠法三条及び民法七〇九条により損害賠償請求をする事案である。

一  争いのない事実

1  交通事故(以下「本件事故」という。)

(一) 日時 昭和六二年五月一日午後零時一〇分ころ

(二) 場所 大府市共和町峠六番地六先道路上

(三) 加害車両 被告運転の普通乗用自動車

(四) 被害車両 原告運転の原動機付自転車

(五) 態様 被害車両が変形T字型交差点の優先道路を別紙図面記載のとおり直進していたところ、右優先道路の対向車線を走行してきた加害車両が、交差道路へ進入するために右折し、被害車両に衝突した。

(六) 結果 原告の頭部及び右下肢部分の負傷(右脛骨、腓骨粉砕骨折、右下腿骨骨折)等並びに被害車両の破損等

2  責任原因

被告は、加害車両を自己のために運行の用に供する者である。また、被告には前方不注視の過失がある。

二  争点

被告は、本件事故による損害額を争うほか、原告には交差点を通行するにつき、対向車線からの右折進行車両の動向注視、減速徐行を怠つた過失があるとして、過失相殺の抗弁を主張している。

第三争点に対する判断

一  損害額

1  治療費等(請求―治療費八五万三四三五円、医師への謝礼三万円) 八五万三四三五円

乙九ないし一六、乙二三、乙二五ないし二八、乙三〇によれば、治療費として右金額を認めることができる。なお、医師への謝礼については、この支出を認めるに足りる的確な証拠がない。

2  付添看護費(請求四五万円) 三二万五八六〇円

乙一七ないし二一、乙二三によれば、原告は、昭和六二年五月二日から一一日までの一〇日間並びに同月二〇日及び二一日の二日間の合計一二日間職業家政婦を雇つたこと、その費用が一二万九八六〇円であることを認めることができる。また、甲二によれば、原告の傷害は右下腿骨開放骨折等の重傷であり、昭和六二年五月一一日から同年七月一日までの間(ただし、前記職業付添のなされた三日を除く四九日間)、近親者付添を要したものと認めることができ、その損害を一日四〇〇〇円で算定すると一九万六〇〇〇円となる。なお、通院付添の必要性を認めるに足りる証拠はない。

3  入院雑費(請求九万三六〇〇円) 七万八〇〇〇円

入院雑費は、一日当たり一〇〇〇円と認めるのが相当であるから、七八日間で右金額となる。

4  通院交通費(請求は右2、3の内金として) 一二万三二〇〇円

甲二、甲四の二、三、甲八、甲一二の各証、原告本人によれば、原告の受傷部位、程度に照らして少なくとも症状固定日(昭和六三年一〇月二二日)までのタクシー利用はやむを得ないこと、タクシー料金は片道平均二八〇〇円とみるのが相当であること、実通院日数は二二日であることがそれぞれ認められるので、それらを前提に計算すると一二万三二〇〇円となる。

5  休業損害(請求三九四万七三一八円) 一八九万六七九〇円

原告が昭和二三年三月九日生まれであること、給与をえて勤務していたことは当事者間に争いがない。また、甲三の一、二、甲四の一ないし三、甲八によれば、原告は、本件事故当時、右会社勤務とともに日常の家事一切をしていたこと、事故前年(昭和六一年)の会社勤務における平均月収が一一万六八〇〇円余であること、本件事故に遭つたため、昭和六二年五月一日から同年七月一日まで及び昭和六三年五月二三日から同年六月八日まで入院していたこと、昭和六二年九月以降は職場に復帰し、給与の支給を受けていること、昭和六二年七月一五日から昭和六三年一〇月二二日までの実通院日数が二二日であることを認めることができる。

右事実によれば、原告の休業損害は、昭和六二年度賃金センサス第一巻第一表・女子労働者・学歴計・三九歳の平均年収額二七〇万九七〇〇円を基礎とし、入院中の期間を含め四・五か月は一〇〇パーセント、その余の通院期間一三か月については、家事労働への影響を考慮して喪失率を三〇パーセントとみるのが相当であるから、次の計算式のとおり一八九万六七九〇円となる。

2,709,700÷12×(4.5+13×0.3)=1,896,790

なお、原告は、家事労働分として女子の年齢別賃金月額を原告の前記実収入に加算すべきであり、それによつて男女の賃金格差を解消し、男女の本質的平等を実践できると主張するが、右は原告独自の見解であつて、原告の実収入と家事労働分を考慮しても、前記認定の賃金センサスの金額を上回る評価をすることは相当とはいえない。

6  後遺障害による逸失利益(請求二七二七万八九二一円) 六二七万一三〇九円

後述する本件後遺障害(但し、右腓骨が偽関節となつたこと)が、自賠法施行令第二条別表後遺障害別等級表の八級九号に該当することは当事者間に争いがない。また、甲二、甲三の一、二、甲八、甲九の一、甲一一、原告本人、証人安藤謙一によれば、原告は、右脛骨の骨癒合は完成するも、右腓骨は偽関節となつたこと及び右下腿に腫脹及び疼痛が認められることの傷害を残して、昭和六三年一〇月二二日症状が固定したこと(本件後遺障害)、偽関節は、関節可動域に制限を及ぼすほどのことはないし、激しい運動を除いて日常生活上の歩行等にはまず影響を及ぼさないこと、正座やあぐらをかいたとき偽関節の先端部分がどこかに当たれば痛いということはあること、腫脹があつても機能障害はないとは必ずしも言いきれないこと、原告の仕事の種別は事務職であることが認められ、他にこれらを覆すに足りる証拠はない。

本件のごとき有職主婦の後遺障害による逸失利益を算定するに際しては、具体的に収入減を観念しにくい家事労働の評価の問題もあるので、基本的に、労働能力がどの程度失われたかを検討すべきところ、右事実によれば、原告は、前記後遺障害別等級表の八級九号に認定されたものの、事務職に就いている原告にとつて特に明瞭に労働能力が低下したとの状況は認められない。

もつとも、腫脹が機能障害をもたらさないとは必ずしも言えないのに加えて、現実に疼痛があり、四〇分位立つて家事をやると、痛みのためそれ以上継続できないこと(甲八、原告本人)等を併せ考えると、後遺障害一二級相当の一四パーセントの労働能力の喪失を認めるのが相当である。したがつて、原告は、本件事故に遭わなければ、前記症状固定の日から六七歳に達するまでの間、少なくとも症状固定時の年度である昭和六三年度賃金センサス第一巻第一表・女子労働者・学歴計・四〇歳の平均年収額二七五万三四〇〇円を得ることができたと推認されるので、その額を基礎に喪失率を一四パーセントとして、新ホフマン係数を乗じて二七年間の逸失利益の本件事故時の現価を求めると、次の計算式のとおり六二七万一三〇九円となる。

2,753,400×0.14×(17.221-0.952)=6,271,309

7  症状固定後の継続治療費等(請求三八〇万九一六八円) 八万八九八四円

甲四の三、原告本人によれば、原告は、症状固定後、自家用車を運転して月平均一回の割合で保健衛生大学に治療のため通院していること、症状固定後の必要な治療費として一回あたり六〇〇円、右足の特殊ストツキング代として年間四〇〇〇円を要することが認められる。もつとも、右は将来の継続治療費等であるので、その期間については控え目に一〇年間とみるのが相当である。なお、タクシー代の請求は右事実に照らして認めることができない。

よつて、新ホフマン方式により右損害の現価を算定すると、次の計算式のとおり八万八九八四円となる。

(600×12+4,000)×7.945=88,984

8  慰謝料(請求―入通院分二四〇万円、後遺障害分七四〇万円) 七八〇万円

(一) 入通院慰謝料 一八〇万円

前記認定の原告の受傷の部位・程度、入通院期間等を考慮すると、右金額が相当である。

(二) 後遺障害慰謝料 六〇〇万円

前記認定の原告の後遺障害の内容・程度等を考慮すると、右金額が相当である。

9  物損(請求一七万円) 五万円

乙一、乙三五ないし三九によれば、右金額が相当である(但し、原付自動車の分。ヘルメツトと衣類については損害の程度を認めるに足りる的確な証拠がない。)。

10  合計 一七四八万七五七八円

二  逸失相殺

1  甲一、甲八(原告本人により真正に成立したものと認められる。)、乙一ないし四、原告本人によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 本件事故現場の状況は、別紙図面記載のとおりであり、交差点には信号機が設置されていない。

本件道路は、最高速度が時速四〇キロメートルに制限され、本件事故現場付近では被告の進行方向に対してゆるやかに左側にカーブしていたが、見通しは良好であり、本件事故当時雨が降つていたものの、原・被告とも前方の見通しは良好であつた。

(二) 被告は、別紙図面のとおり、前記本件道路を、ワイパーを作動させながら時速約五〇キロメートルで、前を走る車のすぐ後ろを大府町方向へ走行していたところ、本件事故現場のところで右折しようとして、同現場の約三六・六メートル手前で右折合図を出すのと同時くらいに時速約三〇キロメートルに減速したが、ちようど被告が右折進入しようとした道路交差点入口付近に同道路から大府町方向へ右折しようと停止していた車を発見し、それに気を取られ対向車線を走行する車両の安全を確認することなく、右停止車両の後方を通つて右折進入しようとして、時速約三〇キロメートルのまま事故現場手前約七・八メートルの地点から早回り右折した。

原告は、被告が右折合図を出さずに突然右折してきたと主張するが、本件事故現場付近は見通しが良かつたといえ、前記認定のように本件道路はゆるやかにカーブしているので、原告からみると右奥から被告車が走行してくることになり、被告車の前にもう一台走行していたことに加え、本件事故当時雨が降つていたことを併せ考慮すると、被告車の右折合図は被告車の前を走つていた車両に隠れて接近するまで見えない可能性があり、仮に見えてもやや見えにくかつた可能性が強い。実際、原告は、乙三において対向車両は二台と供述しているのに、甲八及び原告本人では三台と供述している。したがつて、右原告の主張はにわかに信用しがたく、他に被告が右折合図を出さなかつたと認めるに足りる証拠はない。

(三) 他方、原告は、原付自転車に乗り、被告の対向車線上を時速約二〇キロメートルで名和町方向に走行していたところ、対向車線上に三台の車両を、本件交差点付近では右折しようとしていた前記停止車両をそれぞれ発見し、対向車線上の三台が右折合図を出してないと認識したので、停止車両を避けるようにしてそのまま走行した。ところが、対向車線上の三台のうちの二台目の被告車が、前記のごとく突然右折し、被告車両の右前部が原告車両に衝突した。

2  被告は、本件道路を名和町方向から大府町方向へ走行中、信号のない交差点で右折しようとしたのであるが、このような場合、車両の運転者は、右折合図を出し、交差点の中心の直近の内側を徐行するとともに(道交法五三条、三四条二項参照)、対向車線を走行する車両の安全を確認する注意義務があるというべきところ、被告は、前示のように、対向車線を走行する車両の安全を確認することなく、時速三〇キロメートルのまま漫然と交差点の手前で早回り右折し本件事故を生じさせた過失がある。

他方、原告も、名和町方向から三台の車両が交差点を通過するのを認識していた以上、それらが急に右折することもあり得るのであるから、対向車線の車両の動向に注意し、減速すべき注意義務があるというべきところ(道交法三六条四項参照)、原告はこれを怠り、漫然と走行し、本件事故に至つたのであるから、原告にも過失があるといわなければならない。

3  双方の過失を対比すると、原告の損害額から一割を減額するのが相当である。

したがつて、被告が原告に対して賠償すべき損害額は、一五七三万八八二〇円となる。

三  損害の填補 九一三万三二九五円

原告が損害の填補として受領した右金員(当事者間に争いがない。)を控除すると、被告が原告に対して賠償すべき損害額は、六六〇万五五二五円となる。

四  弁護士費用(請求二〇〇万円) 六六万円

原告が被告に対し本件事故と相当因果関係のある損害として賠償を求め得る弁護士費用は、六六万円と認めるのが相当である。

第四結論

以上によれば、原告の請求は、合計七二六万五五二五円及びこれに対する本件事故の翌日である昭和六二年五月二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 芝田俊文)

別紙 略

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